1.どのような病気ですか?
左右の涙腺や唾液腺,特に顎下腺がゆっくりと固く腫れてくる病気です.以前は,初めてこの病気を報告した先生の名前にちなんで「ミクリッツ病」と呼ばれていました.最近の研究により,IgG4関連疾患の病変の1つであることが判明し,IgG4関連涙腺・唾液腺炎と呼ばれるようになりました.涙腺は上まぶたの外側に位置しますので,まぶたが腫れぼったくなり,顔つきが変わったとご家族に指摘されることがあります.唾液腺では,おたふく風邪で有名な耳下腺よりも,顎の下にある顎下腺が腫れることが多いので,男の患者さんがひげそりの時などに自分でさわって気づくことも少なくありません.この病気は癌や感染症ではないので,腫れている涙腺・唾液腺が熱をもったり,痛みを伴いませんが,唾液腺が長く腫れていると,段々唾液が出なくなって,口の渇きを覚えるようになったりします.また,鼻の粘膜が腫れぼったくなることもあり,鼻づまりや嗅覚低下を伴うこともあります.涙腺・唾液腺はIgG4関連疾患の中で一番侵されることが多い部位の1つであり,さわって腫れていることがわかるので,IgG4関連疾患発見のきっかけとして重要な病変です.ただし,「IgG4関連涙腺・唾液腺炎」の可能性がありますと言われても,重大な後遺症が残ったり,致命的になったりすることはないので,あわてる必要はありません.眼科や耳鼻咽喉科を受診して見つかることが多いのですが,IgG4関連疾患は全身の疾患なので,きちんと全身を調べてくれる内科を紹介してもらうようにしましょう.
IgG4関連涙腺・唾液腺炎の女性。CTでは両側の涙腺腫大(矢頭)と顎下線腫大(矢印)がみられる。
2.この病気の患者さんはどのくらいいるのですか?
2009年に厚生労働省研究班により全国調査が行われました.その結果,IgG4関連疾患全体の患者さんの数は約8,000人,平均年齢 58.8歳,男女比 2:1でした.内訳をみると,涙腺・唾液腺炎が最も多く(4,304人),ついで自己免疫性膵炎(AIP 2,790人),肺疾患(354人),後腹膜線維症(272人)などでした.ほかの報告をみても,IgG4関連疾患の発症は60歳前後で男性に多いことは共通しているのですが,涙腺・唾液腺炎だけは男女差に差がないと言われています.
3.診断はどのようにしますか?
涙腺や唾液腺の左右対称性の腫れなどから,IgG4関連涙腺・唾液腺炎が疑われた場合,①血液検査,②画像診断,③病理組織学的検査の順番で検査が行われます.IgG4関連疾患としての特徴を有しているかどうかを確認し,一方,涙腺・唾液腺が腫れるほかの病気がないかを除外するためです.特に涙腺・唾液腺に慢性の炎症が持続するシェーグレン症候群との区別が重要です.
①血液検査では血液中のIgG4が高くなっていることが一番の特徴ですが,IgG全体が増えていることもよくみられます.IgGが高値の場合,血液疾患,特に多発性骨髄腫や膠原病が疑われますが,単クローン性の免疫グロブリンの増加がないこと,シェーグレン症候群で高率に陽性になる抗SS-A抗体などの自己抗体が陰性であることを確認します.また,CRPなどの炎症反応や貧血,白血球減少はみられません.
②画像診断としては, CTやMRI,エコー検査が用いられ,涙腺・唾液腺の腫れの確認と,全身にIgG4関連疾患のほかの病変がないかどうかをチェックします.なお,まだ保険適用はありませんが,FDG-PET検査では感度高く,IgG4関連疾患の病変を検出できることが報告されており,今後の保険適用が期待されます.
③病理組織学的検査は通常,生検と言われるもので,IgG4関連疾患に類似したほかの疾患,特に悪性リンパ腫などの悪性疾患を否定するために,できるだけ行っておきたい検査です.腫れている部分が生検の部位として選択されますが,顎下腺で行われることが多いです.
シェーグレン症候群で行われる口唇腺生検(下くちびるの内側粘膜を切開)は,IgG4関連涙腺・唾液腺炎においても施行可能ですが,唾液腺の生検に比べると陽性率が低いことから,偽陰性の可能性があります.
最終的にはこれらの結果を総合して厚生労働省研究班で作成した包括診断基準,あるいは日本シェーグレン症候群学会などで策定したIgG4関連涙腺・唾液腺炎診断基準に従い,確定診断することになります.
4.治療法にはどのようなものがあるのですか?
涙腺や唾液腺で生じている炎症を抑え,腫れを元に戻すためには,最初に副腎皮質ステロイド(以下,ステロイド)が使用されます.ステロイドの効果は確実で速やかに腫れは引きます.一般には経口ステロイドの中でも,プレドニゾロンが使用され,30〜40 mg/日で治療を開始し,2〜4週ごとに5〜10 mg/日ずつ減量し,20 mg/日以下になるとさらにゆっくり減量します.3年以上使用しても再燃しないようなら,ステロイドの中止を考慮する一方,プレドニゾロン 10 mg/日以下になると再燃しやすくなるので,減量は慎重に行います.ただし,ステロイドには感染症を引き起こしたり,糖尿病・脂質異常症などの代謝疾患の悪化,骨粗鬆症・脊椎圧迫骨折,白内障などの眼疾患の誘発など多くの副作用がありますので,特に高齢の方では合併症を考慮して,ステロイドの量や期間,治療開始の有無やタイミングを決める必要があります.
ステロイドがなかなか減量できなかったり,反応が十分ではない場合,膠原病などで使用されている免疫抑制薬が併用薬として選ばれることがありますが,これらの薬剤の有効性・安全性についてはまだ十分に検証されておらず,使用に際しては担当の医師と十分相談する必要があります.これまで報告が多いのは,アザチオプリン,タクロリムス(保険適用外),メトトレキサート(保険適用外)などがあります.
なお,IgG4関連涙腺・唾液腺炎はほかのIgG4関連疾患の病変,特に腎臓や膵臓,胆管などの臓器病変と異なり,積極的に治療を行わずに慎重に経過をみることも1つの選択肢です.ただし,涙腺・唾液腺の腫れが持続することで徐々に涙や唾液の分泌が低下し,涙腺や唾液腺の働きが回復しなくなる懸念はあります.また,涙腺・唾液腺炎が先行したあとに,より重篤な内臓病変が出現することもありますので,治療をしない場合でも定期的なフォローを受けることをお勧めします.
涙腺・唾液腺疾患分科会 山本 元久(分科会長)